【特設ページ】公益財団法人JKA 平成30年度 機械振興補助事業・研究補助(若手研究)

データ同化を用いた薄板構造におけるボルト・ナット締付力のその場推定法の開発

補助事業成果報告

1.研究の概要

これまでの研究で開発した,打撃試験により取得した評価対象の固有振動数からボルト・ナットの締付力をその場で推定する手法を,薄板構造に対しても適用できるように拡張し,基礎試験片および実構造を模した試験片を用いた実験を通じて,本手法の推定精度を調べるとともに実用化に向けた課題を抽出した.

2.研究の目的と背景

ボルト・ナットによる締結方法は組立および分解が容易であり,被締結部材の大小を問わず,広く用いられている.自動車の車体フレームに代表される薄板構造に限定すれば,被締結部材である薄板の強度や剛性が低いことから,許容値を超える負荷を与えない程度の適正な締付力の制御が要求される.加えて,ボルト・ナットの脱落に伴う事故を未然に防ぐために,適正な締付力が維持されているか随時評価する必要がある.そこで,本研究では,打撃試験から得た評価対象の固有振動数から,最尤の有限要素解析値を抽出するデータ同化を用いて,ボルト・ナットの締付力をその場で推定する手法を提案している.これまで,本研究では板厚10mm程度の比較的厚い板材で構成されたボルト締結体において,ミクロンオーダの表面性状が及ぼす影響を再現する界面有限要素を導入し,ボルトの軸力から固有振動数を演繹的に計算するマルチスケール解析手法と,これを用いて固有振動数からボルトの軸力を推定するデータ同化プログラムを開発するとともに,実験によりその有効性を実証した.本事業では新たに,従来の埋め込み式ひずみゲージや超音波ではボルト・ナットの締付力の測定が困難とされる薄板構造を対象として,本手法の拡張を試みた.

3.研究内容

ボルト・ナットの締付力をその場で推定する手法を薄板構造に対しても適用できるように拡張し,その有効性を数理と実験の両面から検証することを目的とし,本事業によって以下のことが明らかになった.

(1)モンテカルロ・シミュレーションを用いた固有振動数の測定誤差の振れ幅に対する締付力の推定誤差の振れ幅

基礎試験片の有限要素モデルを用いたモンテカルロ・シミュレーションによって,固有振動数の測定誤差の振れ幅に対するボルト・ナット締付力の推定誤差の振れ幅を把握した.解析対象における被締結板材の板厚をシミュレーション上で種々に変化させたが,解析対象をまったく拘束しない自由振動の状態では,被締結板材の板厚が薄くなると,締付力に対する固有振動数の変化量は小さくなることがわかった.すなわち,薄板構造において,自由振動によるボルト・ナットの締付力の推定は難しい可能性のあることがわかった.この原因は板厚が薄い被締結板材は,自身の剛性が小さいので,ボルト・ナットの締付力によって変化する板材間の剛性よりも,被締結板材の剛性が主として固有振動数に影響を与えたためであった.したがって,固有振動数に対して板材間の剛性の影響が表れるようにする一方で,板材の剛性の影響が表れないように,板材の一部を拘束した.このとき,ボルト・ナットの締付力の変化に対する固有振動数の変化量は増加し,ボルト・ナットの締付力の推定精度は当初の目標値を達成した.


基礎試験片の有限要素モデル

(2)鋼板,アルミ合金板,CFRP板からなる基礎試験片を用いた実験による本手法の基礎的挙動と実際に生じる締付力の推定誤差の範囲

ボルト,ナット,座金を用いて,板材二枚を既定の締付トルクで締め付けた.このとき,座金と板材の間に圧力測定フィルムを挿入した.試験片に加速度ピックアップを取り付けた後,インパルスハンマーで打撃し,試験片に取り付けた加速度ピックアップから固有振動数を得た.取得した固有振動数からボルト・ナットの締付力を推定し,圧力測定フィルムから得られる測定値との差を調べた.基礎試験片を用いた実験結果は前述のシミュレーションの結果とよく一致しており,板材の一部を拘束することで,本手法の推定精度は許容範囲内(推定誤差30%以下)に収まった.なお,被締結板材の材質の違いは固有振動数の大きさに現れた.被締結板材の剛性が大きいほど固有振動数は大きかった.ABS板を締結した試験片は金属板(鋼板,アルミ合金板,マグネシウム合金板)およびCFRP板を締結した試験片に比べて,固有振動数が小さく,ボルト・ナットの締付力の推定精度が低くなる傾向にあった.


自由振動における打撃試験

板材の一部を拘束した打撃試験

(3)自動車のフレーム等,実構造を模した試験片を用いた実験による本手法の拡張性と今後の課題

自動車のマルチマテリアルボディーを参考に,種々の材質の板材からなるミニチュア試験片を作成した.比較のため,ミニチュア試験片は前年度JKA補助事業(平成29年度 機械振興補助事業・研究補助(若手研究) マルチマテリアル構造における機械的締結力のその場評価法の開発補助事業)で作成した試験片と同一のものとした.近年,ボルト・ナットによる締結に加えて,接着テープや接着剤の併用が注目されていることから,これらを使用した試験片も新たに用意した.また,本手法の適用範囲を拡張するため,トンネル天井板を模した鋼板とコンクリートブロックからなるミニチュア試験片も作成した.自動車のフレームにおける接着テープの使用と同様に,鋼板とコンクリートブロックの間に挟まれることのあるゴム支承材の影響についても調べた.


自動車のフレームを模した試験片(図はボンネット部がアルミ合金板,ルーフ部がABS板,その他のパーツが鋼板のもの)

トンネル天井板を模した試験片(図はゴム支承材を間に挟んだもの)
ボルト・ナットの締結部に接着テープなどを挟まなかった場合には,基礎試験片を用いた実験結果と同様に,ボルト・ナットの締付力の減少に伴って,固有振動数が減少することが確認された.自動車の車体フレームを模した試験片では,ボンネット部を打撃すれば,ボンネット部を締結しているボルト・ナットの緩みが,ルーフ部を打撃すれば,ルーフ部を締結しているボルト・ナットの緩みがそれぞれ検出できる可能性のあることがわかった.これは,各部に用いた板材の材質によらなかった.トンネル天井板を模した試験片では,吊り具にあたる鋼板を打撃するだけで,ボルト・ナットの締付力が推定できる可能性のあることがわかった.以上において,複数本のボルト・ナットの締付力は合力として推定できるが,個々のボルト・ナットの締付力の推定には至らなかった.また,ボルト・ナットの締結部に接着テープやゴム支承材を挟むと,ボルト・ナットの締付力の変化に対する固有振動数の変化量が小さくなり,固有振動数からのボルト・ナット締付力の同定は困難になることがわかった.したがって,個々のボルト・ナットの締付力の推定方法の開発,およびボルト・ナットの締結部に接着テープ等が使用された場合に対しての対処が今後の課題であるとわかった.

4.今後の展望

本手法の完成により,従来困難とされてきた薄板構造におけるボルト・ナットの締付力を,打撃試験を行うだけで,締結を解除することなく簡便かつその場で取得できるようになる.本手法は任意の材質に適用できるので,自動車産業で急速に普及の進むマルチマテリアルボディーのほか,笹子トンネル天井板落下事故に代表されるようなボルトの脱落の防止にも応用が期待される.

5.本研究にかかわる知財・発表論文等

  • 岸本喜直,小林志好,大塚年久,松本爽,締結部界面の剛性を考慮した有限要素法による薄板構造におけるボルト・ナット締付力の評価に関する研究,日本機械学会 第26回機械材料・材料加工技術講演会,平成30年10月,CD-ROM (No. 425).
  • Yoshinao Kishimoto, Yukiyoshi Kobayashi, Toshihisa Ohtsuka, Akira Matsumoto, Motoi Niizuma, Stiffness reduction of multi-material structure with bolted joint, The 5th Asian Symposium on Materials and Processing, 平成30年12月,CD-ROM (No. 015).

6.自己評価結果

本事業の当初研究目的はすべて達成された.具体的には,
  • (1)モンテカルロ・シミュレーションおよび(2)基礎試験片を用いた実験は目標値を達成した.目標値を達成するにあたって,ボルト・ナット締付力の推定精度を向上させるためのノウハウを得ることができた.
  • (3)実構造を模した試験片による実験では,本手法の適用可能性を示せたとともに,締結部の界面に接着シートやゴム支承材を含む場合には,現行の方法ではボルト・ナット締付力の推定が難しくなるなど,今後の課題を抽出できた.

謝辞

本研究は公益財団法人JKA(オートレース)の補助を受けて実施した.





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